Seven Continents

STAY HUNGRY!! STAY FOOLISH!!
ビシュケク市第4病院 0号室での日々
   
僕にとっては残念な結果ですが、上海から3ヶ月かけて刻んできた轍はキルギスの首都ビシュケクで一旦途切れることになりました。

陽がまだ明るい夕方18時過ぎ、路上で2人組の強盗に襲撃され病院送りに。
幸か不幸か、盗まれたものは何もなかったけれど、搬送先の医者の診断は腰を骨折、2週間の入院が必要というものでした。

日本大使館が契約している医療コーディネーターで日本語が話せるジョルディズ先生が以後、僕と病院の間にたち面倒をみてくれることに。

僕が入院していたビシュケク市第4病院、日本の病院に比べるととてもカジュアルな病院でした。
耳を澄ますと他の患者さんの悲鳴がしばしば聞こえてきました。
看護師の皆さんはガムをクチャクチャしながら注射器を向けてきます。
ナースコールがないため、看護師を呼ぶツールは携帯電話でした。
病院で携帯使っていいの?なにかしらの事情で携帯に応答できない場合はどうするの?という疑問はあったりするけど、ある意味近代的だと思います。

看護師に対してはこれっぽっちも好感は持てなかったけど、ジョルディズ先生を含めたドクターの皆さんにはとてもお世話になりました。

僕は幸いにも今まであまり医者のお世話になったことがなく、そのせいかあまり医者に対して良い印象を持っていませんでした。
医者って、どーせ地位や名誉のために動いてるんでしょ。
医者って、どーせ患者よりも自分の都合が大切なんでしょ。
医者って、どーせ変態が多いんでしょ。
というような感じで、これも根拠のない偏見ではあるんですが、とにかく医者といえばこんな人たちを想像していました。

ジョルディズ先生は日本へ留学経験があるせいか日本人に理解があり、とても懇親的に面倒を見てくれました。

頭がツルツルの担当医の先生も、それとなく病室へ足を運んでくれては、何を言ってるかよく分からないけれどいつも一言、二言声を掛けてくれました。
ある時、「最近、日本の映画を観た」というようなことを言い、殺陣シーンの真似とは思うけど、突然両手を合わせて腕を振り回し始めました。
街で見かけたら半径5m以内に近づきたくない存在に映るけど、患者と医者という立場で見ると、言葉が通じない異国の患者のために必死でコミュニケーションを取ろうとしてくれているドクターって感じで、ちょっと嬉しくなりました。

自分が実際に怪我をしてジョルディズ先生や頭がツルツルの先生に出会い、医者という職業の尊さや有難さを初めて感じた気がします。


 
| KYRGYZSTAN | 22:37 | comments(6) | trackbacks(0) |
現在地、名古屋
 現在地、名古屋。
国はもちろん日本です。

3ヶ月かけてたどり着いたキルギスの首都ビシュケク。
この街でいろいろなことがありました。
きっかけは、ある1つのアクシデント。

その後、自転車旅行は僕の手を離れコロコロ コロコロ転がりドバイへ。
さらにコロコロ コロコロ転がり続け東京、そして名古屋にたどり着きました。
| NAGOYA | 00:46 | comments(2) | trackbacks(0) |
あるカザフ人との会話
 
大国の偉い人たちがその土地で生活している人たちを黙殺して、時には戦争という手段で、時には話合いという手段で線引きしていった国境線。
オーストラリアやニュージーランドのように国境を越えても人種、文化、言葉などほとんど変わらない国々もあれば、様相が一変する2ヶ国もあったりします。
 
僕にとっては中国とカザフスタンがそういった一変する国々に当て嵌まります。
 
中国は、日本人にとっては旅行の流れを作りやすい国だと思います。
看板やメニューも完璧とはいかなくてもある程度意味を推測できるし、筆談で旅行に必要な最低限のコミュニケーションならとることが可能。
中国で欧米人と一緒に食事をする時、メニューの値段だけを頼りにロシアンルーレットのような注文の仕方を見て、大変だなと思いつつ 自分も中央アジアに行ったらこういう苦労するんだろうな、 と感じていました。
 
カザフスタンを含め中央アジアの国々は旧ソ連圏に属していたため今でもロシア語の通用度が高くロシア語ができれば不自由しない地域です。
ちなみに、僕はロシア語を読めません、書けません、話せません。
カザフスタンへ入国した初日に、自力での宿探しはあきらめました。
 
看板を見てもそこがホテルと認識できないため、宿探しは常に人に聞きながらの作業になります。
 
僕  『グジェ(どこ?) ガスチーニッツア(ホテル)』
 
カザフ人のおっさん 『キタイ(中国人)? ヤポーネ(日本人)?』
 
僕  『ダー、ダー(はい、はい)、ヤポーネ、ヤポーネ!』
 
 おっさん 『オー!ヤポーネ!トヨタ!ホンダ!』
 
僕『ダー、ダー。トヨタ!ホンダ!ガスチーニッツア?』
 
おっさん『トーキョー!オオサカー!トーキョー?トーキョー?』
 
僕『オオサカ。オオサカ』
 
おっさん『オ〜ッ、 オオサカ!』
 
僕『ダー オオサカ。グジェ  ガスチーニッツア?』
 
おっさん『ヤポーネ!ヤポーネ!』
 
僕『… …』
 
ギブアップです。
ロシア語、全く通じません。
『グジェ  ガスチーニッツア?』とロシア語で書かれた メモ用紙を見せ、ようやくこちらの意図を察してもらいホテルまで案内してもらいました。


アルマテイ--  ゼンコフ正教教会


アルマテイ--  独立記念碑


アルマテイ--  アルマテイ
| KAZAKHSTAN | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
チャイナ的人びと
 
100%偏見ですが、中国を訪れる前に僕が持っていた中国人に対する印象(僕の友人、知人は除きます)。
 
○地球は自分を中心に回っていると信じている
○日常会話が口喧嘩
○ジャイアニズム(他人のモノは俺のモノ、俺のモノも俺のモノ)
○チャイナ服最高
○観光地での団体観光客のマナー、世界ランキング180位くらい
 
中国を実際に旅行してみて、『変な偏見持ってすんません!』とその辺を歩いている中国人でもいいんでとりあえず謝りたい気分です。
観光地における中国人観光客のマナーの悪さは、やっぱり世界でも最低だと思います。
ここは譲りません。
 
僕が今回の旅行で関った中国人はせいぜい13億分の数百。
お金を介さない人との関りは13億分の数十程度。
この程度の人との関りで中国人を語るつもりはありません。
ただ、自分が接してきた人たちは温かい人たち、時にはアツイ人たちが多く、そういった人たちに助けられながらここまで走ることができました
 
中国という国も懐が深く、この先カシュガルや和田にも行ってみたい、チベットや雲南も走ってみたい、などなど、この国でやりたいことはまだまだたくさんあります。
 
そんな行ってみたい地域や走ってみたい道に思いを馳せつつ、今回はとりあえずイスタンブールを目指し、明日、2カ国目のカザフスタンへ入国します。


奎屯〜托托--  5000km地点


四台〜伊寧--  サイラム・ノール


四台〜伊寧--  峠


霍尓果斯--  中国・終点




| CHINA | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
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