10年前、シンガポールからバンコク・
アユタヤまで自転車で旅行しました。
シンガポールがスタート地点で、マレーシアの東海岸を走りバンコクまで北上するルートで。
シンガポールからタイまで素敵な出会いに恵まれた旅行でしたが、印象に残っている人たちのことは今でも鮮明に覚えています。
タイ南部のヤラ―という町では中学校の先生と知り合い、その先生と同じ学校で日本語教師をやっていた日本人と親しくなり、その日本語教師の友人が他の地域の学校で同じく日本語教師をしていてお邪魔させてもらい、という感じでタイの学校巡りをしたり、他にもなんか色々とありました。
その中でもとりわけ思い出深いのは、チュンポンとプラチュアプ・キーリカンの間に位置するチャイラーという町で出会った人たちです。
きっかけは、床屋さんとアイスクリーム屋さんが合体したようなお店に入ったこと。
休憩がてらアイスクリームを食べてたら、美容師のおばちゃんにシャワーを浴びてこいと言われたので素直にシャワーを浴びました。
その後、美容師さんらしく髪の毛をいじられ、なぜか美容師さんなのに手相をみてもらいました。
アイさんっていう渾名のこのおばちゃんに占ってもらった結果は、24歳で彼女ができて、25歳でお金持ちになるというものでした。
24歳で彼女ができるというのは当たったけど、25歳でお金持ちになるというのは外れました。
しばらくすると、なぜかアイさんの車に乗せられ、なぜか僕の支払いでご飯を食べ、なぜかお店に戻ると知らないおばちゃんが迎えに来てました。
お迎えに来たおばちゃん、ティワンさんのお姉さんが1年前まで日本にいて、今はピーピー島で観光客相手にマッサージ師をしている、という説明をアイさんがしてくれました。
そこから、ティワンさんのねえちゃんがピーピー島から戻ってくるから今日はティワンさんの家に泊まりなさいって話になり、じゃあ、せっかくなんでというわけでティワンさんの家に行くことに。
家族構成は、じいちゃん、ばあちゃん、ティワンさん、旦那、女の子2人、男の子1人、ねえちゃんの子ども1人の8人家族。
ねえちゃんの子どもの名前は日本人っぽく、シノちゃん。
深夜にねえちゃんも帰宅して、日本のことや他界した旦那様のことなど、色々な話をしました。
ここの家族の人たち、じいちゃんもばあちゃんも、ティワンさんも子供も、物質的にはそんなに豊かではないんだろうなぁという中でとても温かく僕のことを迎え入れてくれました。
今回の日本の大震災にあたり、バンコクのスラム街の人たちが一カ月分の給料を全て募金してくれた、という報道に触れると、自分が接してきたタイの人たちの温かさを思い出します。