Seven Continents

STAY HUNGRY!! STAY FOOLISH!!
Non Non
 帰国は、生まれて初めてのビジネスクラスでした。
最初は担架付きの飛行機でって話だったけど、状態もそこまで悪くないんで代わりにビジネスクラスということで
 
ファーストクラスとビジネスクラスは値段の割にあまり差はないけど、ビジネスクラスとエコノミーは価格通りの違いがある、という話は耳にしていたけどまさに別世界。
もうエコノミーには乗りたくないです。
いずれは、怪我の力を借りることなくビジネスクラスに乗れるおっさんになりたいです。
 
帰国には、フランス人ドクターが付き添ってくれました。
フランスからわざわざ来ていただき、ドバイの病院から東京の病院まで付き添ってもらい、空港ではチェックインや搭乗手続き、車いすの手配など面倒なことは全てやってもらいとても助かる存在でした。
 
ただこのドクター、とてもお酒が好きみたいで。
ドバイの空港で航空会社のビジネスクラスのラウンジに着くとまずワイン。
子供が食べ切れないのに本能的にお菓子を大量にキープするみたいに、ワインやらビールをとりあえずキープ。
ワイン飲んで、ワイン飲んで、突然何かを思い出したかのように携帯の待受け画面を見てなぜかニヤニヤ。
待受け画面には4か月前に生まれたばかりという、双子の女の子の写真が。
そこからしばらくは”俺の娘がどれだけ可愛いか”という話を聞くことに。

「娘ができて人生が全く違うものになった」と嬉しそうに話していたドクターに「お前もいずれ分かるよ」と言われたけど、子供ができる喜びよりもまず結婚の喜びを知りたいです。
確かに双子の赤ちゃんは可愛かったけど、機内でもワインを飲み続けるドクターの姿を見て、このおっさん仕事忘れてないか?と少々不安にもなりました。
そして会話は基本的に英語なのに、「Yes/No」だけはフランス語で「Oui(ウィ)/Non(ノン)」。
フライトアテンダントにワインを勧められ、ドクターに飲んでいいか尋ねたら「ノンノン」という返事。
アルコールで真っ赤になった顔で「ノンノン」と言われると、ちょっとバカにされているような気分になります。
 
でも人柄も良く、医者として色んな国にも行っているので医者の視点から見た外国の話も面白く、1人で不安を抱えながら帰国するよりは遥かに楽しい空の旅になりました。
| DUBAI | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
無国籍
 ドバイにある病院にもかかわらず、CSHでは印僑が民族的多数派でした。
最多数がインド系、その次がフィリピン系、その次あたりにアラブ系。
他にも中華系やアフリカ系の人たちもいて、院内の公用語は英語。
テレビも英語のテレビ番組が幾つかあった為、病院内だけで生活していると、ここどこ?という感覚に陥ります。

看護師に関しては、自分の接した範囲では6割がインド系、3割フィリピン系、残りの1割がアラブ系っていう感じでした。
フィリピン人看護師の中には、最近日本でも外国人が介護士として働けるようになったし、いずれ日本に行きたいっていう人もいました。
インド系やフィリピン系の人たち、出稼ぎの人が多いみたいで口を揃えてドバイは物価が高い割には給料が安いから嫌いだ、と言っていました。
日本も似たようなもんだと思うけど、フィリピン人看護師曰く、日本も物価は高いけどドバイより給料は良いから日本で働きたいそうです。

インド系、フィリピン系共にお世話になったけど、どちらかというと、インド系の看護師さんはちょっと、何ていうか、苦手な人が多かったです。
もちろんインド人看護師全員というわけではないんですが。

インディアン・イングリッシュが僕にはとても難しく、あの人たちが何て言ってるかよく分りませんでした。
他の国の人からしたら、ジャングリッシュの方が分らないっていう人もたくさんいるとは思うけど、個人的にはインドの人が話す英語はインド人のオリジナル言語です。

それから、毎朝5時に血圧と体温を測るために起こされていました。
なぜ5時?と、毎朝起こされるたびに思っていたけど、きっと病院で決められたルールなんだろうと、だから仕方ないかと思うことにしていました。
でも、インド人の看護師さん、毎朝、血圧と体温を測った後に、「ベッドのシーツを変えたいからトイレへ行って」と言ってきます。
「いや、行きたくないから」と言うと、「なぜ」と聞き返され、寝起きが悪いためこの言葉に毎朝イラッときました。

細かいことではあるけれど、病室の扉を開けっ放しにされたり、薬をダイレクトに手渡しされたり、検温の時、ベッドに置いてあったテレビのリモコンや本を手の届かない所に置かれてそのままにされたり、ナチュラルな嫌がらせが多いです、インドの人。
| DUBAI | 22:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
リハビリ
 ドバイでの入院生活は、イコール、リハビリの日々でした。
CSH 2日目、1週間ぶりに体を起こし、歩行訓練をすることに。
 
ベッドにもたれることなく体を起こした時点で強烈な目眩が。
足も自分では動かせないため、看護師さんや理学療法士のシーラ先生に手伝ってもらいなんとかベッドから足を下ろし、まず一息。
目眩が少し治まってから、4本足の歩行器にしがみつくにようにして立ち上がる。
でも右腕が痛くて力を入れて歩行器を握れないし、目眩がひどくなり両側から看護師に支えられるようにしてなんとか状態維持。
 
元々貧血持ちだからそのせいなのか、それとも寝たきりだった人が起き上がる時は誰もが通る道なのか、目眩がひどく吐き気が…。
重力に逆らい、体を横から縦にする大変さを初めて実感。
それでも実際に歩き始めると嬉しくなり、シーラ先生にほどほどに、と言われるまで歩行器をカチャカチャさせながら歩き回っていました。
 
今の僕の記憶には全く残っていないけど、きっと生まれて初めて歩いた時の気持ちに似てると思います。
急に世界が広がり、このまま歩いてどこへでも行けそう、ひょっとして歩いて日本に帰れるんじゃねーの、と思ってしまうくらい、自由で世界を小さく感じた瞬間でした。
 
ベッドに戻る時はやっぱり1人では戻れないので、皆さんに手伝ってもらいながらなんとか帰還。
立ち上がった瞬間は「ベッドから解放されて俺は自由だ!」と思ったけど、ベッドに戻るとホッと一安心。
歩いて日本に帰るのは無理だと悟りました。
 
次の日は金曜日だからお休み。
厳格なイスラム教の国なんで、多くの人は金曜日はお休み。

その次の日は歩く距離を伸ばし、その次はリハビリ用の段差の低い階段の上り下り。
それから、エアロバイクの前半分をぶった切ってペダルを付けたような機械でペダルをこぐ練習。
最初は足を動かせないから、ペダルに足をのせ、機械がペダルを動かすのに合わせてゆっくり足を動かす練習。
この訓練、痛みもなく自転車に乗ってるような感じでお気に入りのリハビリでした。
ただ、最初のうちは右膝から腰にかけては自分の意思では動かせず、なんか不思議な感覚で、痛いわけではなく、耳の中に水が入ってなかなか出ていかないようなもどかしさを感じました。
 
リハビリ最終日、4本足の歩行器から松葉杖にレベルアップ。
シーラ先生に松葉杖の使い方や注意点を教えてもらい、保険会社に頼んでこの松葉杖を持って帰れるように手配してもらいました。
結局、ドバイでは病院から1歩も外に出ることができなかったため、この松葉杖がドバイの唯一のお土産であり、思い出の品になりました。
| DUBAI | 22:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
CSH
 Canadian Specialist Hospital、略してCSH。
ドバイで僕が収容された病院の名前です。
 
カナディアンというだけあり、病院のシンボルもメープル・リーフ (カエデ)。
カナダとの関係は分からないけど、とにかく素敵な病院でした。
そして、医療途上国と医療先進国の違いも実感してきました。
 
ビシュケクでは、保険会社にキルギスの医療水準の低さを何回も説明されるまでは、どこの国に行っても病院ってこんなもんだろ、と思っていました。
でも保険会社に医療水準の低さを指摘され、キルギスでは感染症になる危険性があるから日本大使館員が手術をするために帰国している、という話を聞き、ここ大丈夫なの?という不安を抱くようになりました。
そのため病院の院長に突然、手術すると言われた時は、「手術したら治るかも!!」という期待や安心よりも、「下手したら殺されるかも!?」という恐怖や不安の方が大きかったわけです。
更に、貴重品は盗まれるから部屋には置かないように言われ全て大使館で預かってもらい、携帯も盗まれるから枕の下に入れておくように毎日のように言われていました。
 
その点、ドバイの病院には安心がありました。
CSH、最高でした。
ドクターにいつ帰国したいか尋ねられた時、「できればこのままここに居たいです」とお願いしたけど、却下されました。
診察券を作ってもらったので、ドバイへ行って怪我したりや病気になったらまたCSH へ行こうと思います。
 
何が素敵かというと、病院というよりはホテルでした。
病院も設立されてまだ5年と日が浅く、救急車は新品だし、病院そのものもまだまだ綺麗でした。
 
病室は個室で電話付き。
32型くらいの液晶テレビが壁に掛かっていて、エアコンがあり、ソファーがあり、シャワーやトイレも病室に付いていました。
 
ビシュケクの病院ではベッドの後部にハンドルが二つ付いていて、そのハンドルを キコキコ回して上半身や下半身のベッドの高さを調節していました。
自力で起き上がることができないためベッドの調節は人に頼んでやってもらっていました。
そんなアナログなベッドを、このベッドはこの病院に一つしかないスペシャルなベッドだ、と言われていたのに対して、ドバイではボタン一つでウィ〜ン、ウィ〜ン、と調節できる全自動のベッド。
 
食事もレストラン、とまではいかないけど日本でいうファミレスくらいの内容で、10時と15時に紅茶とコーヒー、それからビスケットやドーナツが出てきて、20時には食後の紅茶とコーヒーが付いていました。
そして朝食後には、昼食と夕食は何が食べたいかケータリング会社の人が聞きに来てくれます。
 
病院の方針なのか、看護師も掃除のおっちゃんもケータリングのおばちゃんたちも、皆さん患者を「Sir/ Madam」と呼んでます。
そんなホテルのような病院に、もう少しだけ居たかったです。
 
僕が入院していたのは、病院の3階。
3階には「Share」「Single」「Special」 の3種類の部屋があり、僕がいたのは「Special」。
看護師に教えてもらった病室の値段は1日2.000 ディルハム。
日本円に換算すると、約5万円になります。
| DUBAI | 22:28 | comments(4) | trackbacks(0) |
エア・アンビュランス
 海外旅行保険の特約項目の一つ、緊急移送、特に飛行機での緊急移送なんて誰が利用するんだ?と海外旅行をするたびに疑問に思っていました。
実際、これまでエア・アンビュランス(傷病者輸送機、くだけた言い方をすれば "お空の救急車" )に乗った人に会ったこともなければ、乗った人の噂も聞いたことありませんでした。
何の脈絡もなく唐突に、「俺、エア・アンビュランスに乗ったことあるんだよね」と言い出す人もいないとは思うけど、今まで一切そういう話を聞いたことがなかったので、「どんな重病人が乗るんだろ」「どんだけ金が掛かるんだろ」というような興味はかなりあったりしました。
そして、そんなちょっと不思議なベールに包まれたエア・アンビュランスを僕自身が身を持って体験することになるとは想像もしていませんでした。
 
ドバイ行きを告げられた2日後には全ての手配が整い、キルギスをあとにすることに。
思えばキルギス、まともな思い出がありません。
入国した3日後に病院送りにされたんで、当然といえば当然だけど。
そのうちまた自転車持参で行きたい国ではあるんで、楽しい思い出作りは次回に譲ることにします。
 
保険会社が手配した救急車がビシュケク第4病院に来ないというトラブルがあったものの、ジョルディズ先生が別の救急車を手配してくれ、日本大使館が空港に連絡して空港内への救急車乗り入れを許可してもらい、無事キルギスを出国。
空港内でエア・アンビュランスのストレッチャーに移され搭乗開始。
 
エア・アンビュランスは僕の知らない空の旅でした。
 
搭乗者は自分の他に、パイロット数名、フライトアテンダント1名、保険会社が契約しているエア・アンビュランスを扱っている会社の専属ドクター、それからナースが各1名。
 
普通のエコノミーだと、離陸後にフライトアテンダントが名古屋の喫茶店でコーヒーのおまけについてくるようなピーナッツを配るけど、ここでは見た目からして高級そうなチョコレート。
右腕が思うように動かせず、チョコの包みがうまく取れず苦戦しているとフライトアテンダントのおねえさんがさりげなく包みを取ってくれて、「チョコレートを食べたい時はいつでも私に言って」と一言。
今までフライトアテンダントに優しくされた記憶がないため、好きになっちゃいそうでした。
 
離陸後しばらくしてから食事。
エコノミーでは「フィッシュ?ビーフ?フィッシュ?ビーフ?」しか聞かれないけど、今回は選択するメイン料理の説明があり、まずは前菜のサラダ。
食べ終わった頃を見計らい二品目のスープ。
そしてメイン。
ジュースは果物をブレンダーにかけたものをだしてくれるため、本当のフレッシュジュース。
デザートはフルーツの盛り合わせと、3回くらい聞き直して名前を覚えることをあきらめたアラビックスイーツ。
どっちを先に食べたいか尋ねられフルーツの盛り合わせから。
最後にアラブでは一般的というモチモチしたスイーツ。
 
このデザート、温かいうちにどうぞ、というものみたいで、これを食べている最中ドクターに怪我をした状況や痛みの有無を尋ねられていると、フライトアテンダントのおねえさんが「彼は今デザートを食べてるとこだから話は後にして欲しい」とドクターに。
でもドクター、構わずおしゃべりを続ける。
ドクターが話終わったらフライトアテンダントのおねえさんが新しいデザートを持ってきて、「このデザートは温かいうちに食べた方がおいしいから」と食べかけのデザートと交換。
こんな素敵なサービス、今まで受けたことありません。
機内限定でセレブでした、セレブ。

エア・アンビュランスは基本的には身動きが取れない重傷者や重病者を一刻も早く病院へ移送する緊急手段なんで、あんまりはしゃぐのは少し不謹慎かもしれないけど、自分にとってはセレブな空の旅でした。

エア・アンビュランスを専門に扱っている会社やそこで働くドクターやナースの存在を初めて知り、こういう医療の現場もあったんだなっていい勉強になりました。
明日は子供をロンドンまで移送する、という会話をしているドクターやナースの姿を見て、なんかカッコイイ、自分が中学生くらいなら将来の夢、エア・アンビュランスのドクターって言ってるわ、と思いつつ、今から目指したいかというと、そうでもないかなと。
でも、エア・アンビュランスのドクター、来世でなりたい職業トップ5に入ります。

ちなみに保険会社の人曰く、ビシュケクからドバイまでのフライトのお値段は約300万円だそうです。
ビシュケクからドバイまでは約3時間。
つまり、1時間−100万円のフライトでした。
 
| DUBAI | 22:37 | comments(4) | trackbacks(0) |
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